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2013.04
16
(Tue)

森鷗外特集番外編 

kegebousi001.jpg

「森鷗外」特集で紹介しきれなかった興味深いお話を紹介します。
皆さまが、不断おめでたい字なんだろうというぐらいの気持ちで使っている『正』という漢字、辞典でも「規範や規準に対して乱れたところがない」などと解説されていますが。。。
死期を予感した鷗外が晩年最後に打ち込んだのが『元号考』執筆。元号とは、皇位の継承があつた場合、内閣が政令で定める年号(明治、大正、昭和、平成とか)のこと。山県有朋の信頼が厚かった鷗外は陸軍軍医総監を辞した後、大正6年に宮内省室博物館総長兼図書頭に任ぜられます。「明治」「大正」の元号について否定的な見解を示していた鷗外は、中国では『正』の字を年号に使うことを避けていたということを調べあげる。
『一而(イチニシテ)止ル』
『正』の字をつけ滅びた例を一々挙げ、「不調べの至と存候」と吐き捨てるように書き付けている鷗外は、病魔に冒され死期迫る中、鬼気人に迫る姿で『元号考』執筆に取組み未刊のまま大正11年7月に永眠します。その後、図書寮部下の吉田増蔵に元号考完成を託し、次代の元号となる『昭和』を吉田が考案します。

常に国家の未来を考え続けた鷗外。鷗外は「かのように」という小説で「祖先の霊があるかのように背後を顧みて、祖先崇拝をして、義務があるかのように、徳義の道を踏んで、前途に光明を見て進んでいく」「かのようにを尊敬する、僕の立場より外に、立場はない」と書いています。この鷗外の思いは、未来を模索するためには、過去を正確に考証し、人として守るべき自身の信念にもとづき、かのように行動していくことと個人的に理解している。
近代日本の最高峰の知性が思案を重ねて到達した地点であると作家の猪瀬直樹さんは伝えていますが、猪瀬さんの著書「天皇の影法師」でこれらのことが紹介されていますので、興味のある方は読んでみてください。

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